墓碑・供養塔

現在では企業、団体の供養塔が建つ

奥之院御廟へとつづく表参道には、皇族、公家、武将の古くからの石塔だけでなく、比較的新しい時代に建てられたものも見受けられる。
そのひとつ、中の橋の近くにある「パナソニック墓所」は、パナソニック社の物故従業員の慰霊塔だ。これは、創業者の松下幸之助が昭和11年に建てたもの。

パナソニック以外には、森下仁丹、小林製薬、江崎グリコなどが表参道沿いに企業の慰霊塔、供養塔を建ている。

他にも、福助、アジア航測グループ、東洋ゴム工業、ヤクルト、シャープ、紀陽銀行、千代田生命、三光汽船、日産自動車、小松製作所、UCC上島珈琲、キリンビール、南海電気鉄道など、全国的に知られる大手企業も奥之院の近くに企業の慰霊塔、供養塔を建てている。

しかし、それらは世界遺産に登録されている表参道沿いにはない。

今なお高野山に安らぎを求めている・・・


戦争、震災などの慰霊塔も

2013年3月11日、東日本大震災3回忌の日、奥之院では東日本大震災物故者慰霊塔の開眼法会、また、東日本大震災物故者3回忌法会が伽藍金堂でとりおこなわれた。

この慰霊塔は阪神大震災の物故者慰霊塔の向かいに建てられている。

他にも関東大震災など、災害で亡くなった方の慰霊塔も多い。

また、高野山海軍航空隊供養塔など、さきの戦争で亡くなった方を供養する塔は数多くある。豊臣秀吉の朝鮮出兵で戦死、傷病死した兵を供養するために建てられた高麗陣敵味方戦死者供養碑は、味方だけでなく敵の兵も合わせて供養する、特徴的なものでもある。

奥之院は、真言密教の信仰の対象としてだけでなく、身分や階級、敵味方などにいっさいよらず、すべての人にとっての安息の場所として存在し、さらには、平和を願い、祈る場所でもあるのだと言えるだろう。

実際には一般のお墓がほとんど

「日本の総菩提所」と呼ばれる奥之院には20万基を超える石塔があると言われているが、実際には、そのほとんどが一般のお墓だ。皇族、公家、戦国武将やそれにまつわる人のもの、慰霊塔などは、あくまでも一部。

なので、実際に表参道を歩いてみると、古い墓石にまじって、つい最近建てられたとひと目でわかる、新しい墓石も目にすることができる。

どういう仕組みでこの場所にお墓を建てることができるのか? 疑問に思われるかもしれない。

これは簡単な話で、高野山内の子院が、奥之院の参道脇などにそれぞれの場所を持っており、そこを檀家となっている家が墓所として借りているということ。

現在、高野山には金剛峯寺をはじめとして117の寺院がある。これが、明治元年の「新仏分離令」が出された時点では680もあったとされ、統廃合の末に現在の数になっている。すべてではないにしても、そ れだけの数の寺院がそれぞれ檀家を
持ち、檀家ごとの墓所があるわけで、すべてが積み重なった結果、全体の総数として20万基以上にもなる。

新しく建てられている墓石については、建て替えの場合もあれば、檀家となっている寺院との長年の関係から、新しく場所を借りることができた場合もある。

長い歴史の中で、場所はもうすでにほとんどが埋め尽くされており、手にするのは簡単なことではない。

あなたもこの場所に塔を建てる事が出来る

奥之院とあなたをつなぐ新たな道

これまでご紹介してきたように、高野山は開創から1200年を迎え、10年前には世界遺産にも登録された、人類が守っていくべき財産だ。

その中でも奥之院は弘法大師・空海のお膝元として、その深い慈悲をいただき、また、浄土へとつながる、大いなる安息の浄域でもある。

そんな日本で唯一の聖地だからこそ、開創時から皇族、公家、戦国武将など、時の権力者から信仰を集め、またそこに供養のための塔が求められてきた。

では、あなたも想像してみてほしい。

未来のある日、家族に見守られながら、あなた自身も息を引き取る日がやってくる。

そして、通夜、告別式が終わり、あなたの身体は火に焼かれ、真っ白な骨となる。

骨壷におさめられたあなたは、いったん自宅に戻る。

49日。あなたは家族に抱えられ、ケーブルカーで高野山駅へ。駅から出迎えの車で奥之院表参道の入口、一ノ橋まで行くと、そこからは表参道を歩いて向かう。

数分歩くと、ある場所に着く。

そう、その場所は、あなたが生前に建てた、あなたと、家族と、先祖のための供養塔だ。

法要のあと、あなたはそこにおさまり、永遠に奥之院でねむることになる。浄土で生まれかわったあなたは、安らぎと歓びに包まれる。

あなたが想像したその未来が、現実になるとしたら、どうだろうか?

あなたと奥之院表参道とをつなぐ道は実際に用意されている。

また、菩提寺の墓所とは別に、分骨して供養する方法もある。

なお、この場所は個人、家族の墓碑としてだけでなく、企業塔としても選ぶことができる。

あなたが経営者であれば、会社に貢献してくれている従業員、また、取引先の多くの方のために祈る気持ちを表現する場となる。

その場所は奥之院表参道

では、実際のその場所は、どこにあるのか?
 下部に具体的に地図でしめしているが、一ノ橋から入り、武田信玄、勝頼墓所の目の前にある22番目の町石をすぎ、紀州徳川家供養塔の手前を右手へと入る。

奥之院表参道沿いの「町石道」、ということは、つまりこの場所は世界遺産に指定された区域にかかる、人類の宝として保全されなければならない、特別なところ。

「場所が空いているから新たに墓所にしましょう」というような簡単 な話ではなく、その文化的景観を守るために、地中にある樹齢500年以上といわれる杉の根を傷つけたり、景観を損ねることがないよう、事前にその区画にどういった墓碑、供養塔をどれくらい建てるのかを、関係する省庁、自治体に申請し、立会調査なども経て、何カ月もかけて認可を受ける必要がある。

この場所は、開創1200年という記念の年に合わせ、いまなお奥之院表参道に墓碑、供養塔を持ちたいと強く願う人々の要望に応えるために、ほんの30基分だけ、いまこのときだからこそ新たに提供された、稀少な場所なのだ。

聖地、奥之院に永久供養

「お墓を建てる」と考えたときに、いまでは様々な選択肢がある。昔ながらの寺院墓地もあれば、公営の霊園、私営の霊園もある。建てる墓石も、縦長の四角いもの、洋式の横長のもの、故人の趣味や嗜好を形にしたユニークなものも。

墓石を建てずに納骨堂、ロッカー式、壁型のものを選ぶ人もいる。さらには、ダイヤモンド葬や宇宙葬といったサービスまで。
亡くなった人をどのように供養するのか? それに対する考え方は多種多様になっている。

将来的には、菩提寺にある先祖代々の墓に入ることが決まっている場合もあるだろう。または、子供の代からは負担をかけたくない、菩提寺がいま住んでいるところから離れている、などの理由で改葬を考える人も多くなっている。
そういった様々な考え方、選択肢がある中、「特別な場所」にお墓を持ちたいと望むなら、高野山奥之院がもっとも適した場所だろう。

この新たな区画についても「總持院」のいわゆる寺院墓地だが、多くの墓地とは違い、ここでは永久供養となる。

つまり、通常は墓地を管理して継承していく子供などの墓守がいなくなると、墓石を撤去して共同墓地に合祀されるものだが、この区画では墓守がいる、いないに関わらず建てた墓碑、供養塔は永久にここにありつづけることになる。

自分の生きた証を、この聖地に残すことができるのだ。

開創から1200年の歴史の中で、歴史上の様々な偉人もこの聖地に安息を求めてきた。奥之院が聖地たるゆえんは、ここではみな平等だからだ。

高野山が世界遺産に登録された大きな理由のひとつも、世界中で宗教の違いによる戦争がつづいている中、「神仏習合」という異なる宗教、文化が融合し、1200年にもわたって信仰されてきた、世界にも類を見ない場所だということ。

敵も味方も関係なく、宗教、宗派の壁など存在しない、すべてを包み込む、まさに平和の象徴とも言える。だからこそ、ここが浄土として信仰されている。

そんな聖地、奥之院に先祖を供養し、自分自身もねむる。それによって得られる体験は、他のどの場所でも決して得ることのできない、特別なものではないだろうか。

企業、団体の慰霊塔も可能に

奥之院表参道沿いではないが、より広く、企業、団体に適した場所も用意されている。(※下記の場所に企業塔を建てることも可能)
実は、多くの企業の慰霊塔のある場所は、前述のように、そのほとんどが表参道沿いではなく、「奥之院に近い公園墓地」という認識になる。

日産やシャープなど誰にも知られる超大手企業の慰霊塔も例外ではなく、表参道沿いにはない。

ただし、慰霊塔を建てる目的は、企業に貢献してくれた従業員や取引先などに対する感謝の気持ちや、より多くの人に価値を届けるべく、さらなる繁栄を願う、それを形で表すことであるはずだ。

また、他の場所ではなく高野山内にあるということは、その思いが表面的なものではなく、真剣なものだと証明することになるだろう。

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